2017年 春 1 (P☆snapshots 181)

 
 
- ここでの生活も、そろそろ3ヶ月になる。
 
 

 「ミーティングの招集だ、カイト。」
 「・・了解。」

 
 
 
夜通しの作業に、早朝のミーティング。
開発者の生活パターンは、どこも変わらないものらしい。
 
 
 
 

  ・・・!

 
 
 
 
咲いたのか・・。
 

 
 
 
 
- オレは、成功者の父と若く美しい母のもとに、暴力で支配された裕福な家庭に、生まれた。
 
並外れて優秀な頭脳を持ち、一代で情報系の企業を立ち上げ、大きくした父は、
自分の内に沸き上がるマイナスの感情に対峙する能力に欠けていて、
母をその激しい感情のはけ口にすることで、対外的な理性を保っているような人間だった。
 
そんな父の機嫌を常に伺い、ささいなきっかけで起こる暴力に備え続けていた母は、
見た目の美しさとはうらはらに、いつも消耗していた。
 
父にとって、理由は何でも良かった。
そしてその理由が以前とは逆のものであっても、構わなかった。
母を精神的にも肉体的にも痛めつけ、支配している実感が得られれば良かったのだから。
それは例えば、差し出された飲み物が熱かろうと冷たかろうと、
空調が効いていようがいまいが、違いはないということだ。
父は、全てを理由にできた。
おそらく、その幼児的な万能感を満たすことこそが本当の目的だったのだろう。
しかも、父はその全てにおいて、無自覚だった。
 
母は、「あなたのために耐えている」のだと オレに言い続けた。
そしてオレは、そんな母をどうすれば守れるのかと そればかりを考える、
従順で気の弱い子供だった。
 
 
 
14歳になって、ようやく父の背丈を越えたオレは、
父から逃れ、母と二人で新しい生活を始めることを決意し、
長い間密かに貯めてきた父の暴力の証拠を持って、警察に駆け込んだ。
 
しかし、学校のスクールカウンセラーに連れられてやってきた母は、
普段通りの外向けに整えられた美しい笑顔で、示された証拠を全て、否定した。
思春期の子供の思い込みであり、夫婦関係に問題はありません、と。
そして帰宅後に、家庭を壊す気かと 激しくオレを責めた。
 
 
母は、オレのために耐えていたのではなかった。
「子供のために耐えている」と思うことで暴力的な支配を受け入れ、
この生活を続けていくことを望んでいたのだった。
 
子に夫婦間の暴力を見せることは虐待行為であると、図書室で調べて知っていたオレは、
翌朝、普段通りに登校した後、スクールカウンセラーを通じて行政に保護を願い出た。
そしてそのまま、家も学校も離れることになった。
 
 
 

 
 
数年前、父が海外の支社の視察中に倒れて そのまま亡くなったらしく、
母から、一度会いたいと、会社の弁護士を通じて連絡があったのだが、
オレに詫びるためでなければ会う気はないと返事をした。
母からの 再度の連絡はなかった。
 
 
父に支配されてきた母にとっては、オレを支配することが自然なのだろう。
痛めつけられる姿を見せ、「あなたのために」と言い続けることで、
罪悪感を植え付け、抗えなくする・・。
 
怒りに支配され、振り回されて、心を知らないまま死んだ父と、
そんな父に支配され、振り回されて、心をなくしたままの母。
病は、連鎖する。
 
オレもまた、
何も聞かずに親から離し、施設に馴染むまで見守ってくれたスクールカウンセラーにも、
不慮の事故で亡くした我が子の分も愛情をかけてくれたリリさんにも、
信じる気持ちを持てなかった。
それどころか、虐げられた存在であると主張することによって、
深く関わろうとしてくれた彼らを 支配しようとしたのかもしれない。
 
 
 
 
- 去年までは、シュンの肩の上から見ていた桜。
あの家にも、もう 咲いているのだろうか・・。
 
 
 
 
 
 
*『2013年 春』は、こちらです。
*前回のお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

光る風 3 (P☆snapshots 180)

 
 
この毛糸の家の世界ができて、ポラリスを飛び出してから、
そろそろ 4年が経つんだね・・。
ぼくにとっては、本当に長くて苦しい、不安定な時間だった。
 
・・といっても、まだまだ全然安定していないことは、
ぼくのこの話自体が コンちゃんに比べて全然まとまっていないとこからも、
バレちゃってると思うんだけどさ。
 
しかし、ポラリスにいた頃のぼくだったら こんなこと、
こんな・・弱音を吐くような話なんて、絶対にしなかった。
さんざん揺さぶられたおかげで、変わってきたのかもしれないなぁ・・。
 
 

 
 
 
あのね、
レオは、珈琲が飲めるようになりたいって チャレンジを続けているよね。
 
実は1回目のことを聞いたとき、ぼくは、
みんなが大真面目にレオを応援していることが信じられなかった。
確かに、レオには少しエキセントリックなところがあって、
ここではさらに暴走気味だったけど、
なぜカイトが焚き付け、みんなが煽るのだろうと、疑問しか湧かなかった。
 
だけど、2年経って レオが再びチャレンジすると言ったとき
ぼくはそこで初めて、彼が無意識のうちに
記憶をふさぐ痛みに向き合っていることに、気がついた。
 
シュンの学校や友だちのこと、ベアたちそれぞれのポラリスでのこと、
みんなの話を、さまざまな思いを聞いているうちに
なにげないような日常を重ねていく意味を知ったからだと思う。
 
レオは、投げ出したわけじゃなくて、
自分のことも、世界のことも、心にすっと落ちる本当の理解を求めたのだと、
そのとき初めてぼくは、ひとの心が見えたような気がした。
 
 

 
あの日、ぼくも、はじけて粉々になりながら、この世界に落ちてきたのかもしれない。
そして、みんなと暮らしてきた日々は、そこから必要なかけらを探して
拾い集めるようなものだったのかもしれない・・。
 
 
 
聞いてくれてありがとう。
考えてみたら、ぼくは今まで、自分の気持ちを語ろうと思ったことなんてなかった。
まとまっていなくても、重苦しいものでも、外に出すと心が軽くなるんだね。
おかげですっきりしたよ。
 
まだ他に、’役割’のこととか、これからのこととか
みんなに話して、聞いてみたい気がする。
 
いろいろ話そう。よろしくね。
 
 

うん・・*
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 

光る風 2 (P☆snapshots 179)

 
 

「子供の’ふり’だったのか・・。
レオニードと同じ状況なんだと、ずっと思っていたよ。
それに、何かを変えてしまいそうで 聞けなかった・・。」
 
 
 

「聞けなかったよね、お互い。」
 
 
 
 
- 柔らかな光・・。 今日は、春の風が来ているんだね。
 

 
 
ぼくは、ポラリスで、コンちゃんの次に生まれたらしいんだけど、
正確なことは よくは知らない。
気づいたときにはもう、レオもコンちゃんもユリちゃんもいたと思うし、
ポラリスは「星」だったし、
プログラマーとして、空と海で星を包みながら世界を整える仕組み作りに
取り組んでいたから。
 
ぼくの頭の中には、常に’コード’があった。
仕組みを作ってからは、それを書き換えることで環境の調和を保っていた。
 
 
太陽のレオ、月のユリちゃん、雲のコンちゃん、空と海のぼく。
レオを中心とした星、ポラリスを育てるプログラムの中で、
ぼくたちの役割は、生まれたときから決まっていた。
 
レオが思いを形にする。
コンちゃんが、そのおさまり具合とか、足りない部分、過剰な部分なんかを
空だけでなく地上から、川を流れながら、いろんな角度から観察する。
ユリちゃんが、レオが現しきれなかった部分を探し、光の届かない時間帯の様子を観察する。
それらをもとに、ぼくがバランスを見ながらコードを書き換える。
そうやって、ベアたちにとって快適な環境を作り、保ち、星を育ててきたんだ。
 
 
 
コードを書くのは、環境の調整をするのは、ぼくの役割。
だから、ポラリスの空に黒いガスが発生したのは、ぼくが処置してこなかったせいなんだ。
 
推測だけど カイトは、一時的に太陽と月の関与を切ってポラリスの光の量を一定にし、
代わりに、星の成長を止めたんじゃないかな。
せめて ここからでも、ぼくが実行したかった・・。
 
 
 
 

 
 
ぼくにとって『世界』とは、
開始の瞬間から、定められた結末に向かって自動生成を重ねていく壮大なプログラムだ。
 
あらゆる異変、つまり’バグ’は、結末を受け入れるためのカタルシスなんだけど、
多すぎるとプログラム自体が破綻してしまうから、
ぼくみたいに役割を引き当ててしまったやつが、適度にメンテナンスもしているのだと思っている。
まぁ、メンテといってもゲームのようなもので、
バグ(=虫)を見つけ出して取り除くコードを組み込んでいくわけだから、
それなりに楽しいんだけどね。
 
調整役をしていて 嬉しいのは、上手く書けて 期待に沿える結果を実現したときと、
その結果-例えば美しい空-に、みんなが感動しているのを見たとき。
 
正直言って、みんなが「楽しい」とか「きれい」とか「悲しい」とか言い合う理由は
理解できなかったけど、
そんなふうに心に響く風景を どこまでも柔軟に実現するポラリスにすることは、
きっとレオやみんなにとって良いことなんだろう、と思っていて、
頑張ってきたつもりだった。
 
 
なのに、レオは去って行った。
 

 
 
しかも、ぼくとしたことが 反射的に彼を追いかけていて、
『’感情’と’共感’が物理的な力を持つ』ことでしか成立を証明できないような、
理解不能な構造の世界に入り込み、
要らない力は温存されているのに肝心なコードが書けない 小さな体に押し込まれ、
自分が引き起こしたバグでおかしくなりかけているポラリスには
どうやっても帰れなくて・・・
 
頭がおかしくなりそうだった。
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
***  ***  ***
 
 
今日はシュンと東日本大震災の報道特集番組を観ました。
ずっと、いつも忘れません。
被害にあわれたみなさまに、笑顔になる時間がたくさんありますように、
お祈りいたします。
 
 
 
 
 

光る風 1 (P☆snapshots 178)

 
 
知らなかったよ・・。
 
ぼくは、コンちゃんも、レオと同じように記憶を失くしていて、
自分だけが、力も含めて残されてしまったんだと思っていた。
 

 
 
そしてその原因は、ここを作ってレオを誘い出した ぼくたち以外の誰か、
カズキかカイトかシュンの行動にあると考えて、探っていたんだ。
 
原因がわかれば、目指す結末もある程度予想がついて、
この世界にあらかじめ定められたプログラムを読み取れるはずだから、
そこから、ぼくにできることを見つけて、
レオとコンちゃんを助けて帰るつもりだった。
 
それに、ユリちゃんや竹くんや、ポラリスのみんなに迷惑をかけてしまった分、
ぼくが入り込むことで生じさせてしまったバグを、自分の手で改善したかった。
 
だけど、ここでのぼくは 信じられないくらい小さくて、
思うように動くことができないんだ。
瞬間移動力はあっても、前みたいに全方位に広がって見渡すことができなくて、
視界が常に狭い。
その上、ポラリスなら、頭の中でコードを書き換えられたのに、
ここではいちいち巨大なパソコンが必要で、
カズキかシュンに助けてもらわないと、触ることさえできない。
 
しかも、苦労して分かったのは、
この世界は、シュンの未修得の技術で書かれたコードと
理解不能のプラスアルファで出来ていて、
壁が強固で融通が利かなかったり、時間軸の縛りが極端に緩かったり 混沌としていて、
ぼくの手には負えそうもない、ってことだった。
 
それなのに、まるでぼくを罰するみたいに、
同じくらい小さいカイトが、ポラリスの問題をあっさり解決しちゃうんだからさ・・。
 
 
 

 
 
でもね。
正直にいうとぼくは、ポラリスを出られて、ちょっとほっとしたんだ。
 
コンちゃんは、思ったことはない・・?
望んで空や海や雲を引き受けたわけじゃないのに、
生まれたときには、役割が決まっていたなんて、理不尽すぎやしないかって。
 
やりがいは、あったよ。
でも、みんなにとっての「当たり前」を守るために必死でがんばったって、
「当たり前」の大切さに いちいち感謝するひとなんていやしない、
虚しくなるときは多かった。
ベアたちのように生きたいと思うことは、何度もあった。
 
だからこの家で、小さくて無力な姿と引き換えに、
「享受する側」に回れたことは嬉しかった。
幼い見た目のまま、何も知らないフリで振る舞ったら、
どんどん優しく甘やかしてもらえるようになったんだ。
なんて気楽で心地良いんだろうと思った。
 
 
いつしか ぼくは、ちぐはぐになっていった。
大人のままの子供みたいに、心もちぐはぐになっていった。
 
混沌に踏み込み、かつてのぼくがしていたように整然とさせて
ポラリスに帰りたいという思いと、
このまま何も考えずにここを更に閉ざして全て忘れてしまいたいという思い。
相反する2つのことが、調和することなく同時に存在するなんて、
ぼくには 考えられないことだった。
 
 
自分が自分でなくなったような気がした。
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。