外の世界で 1 (P☆snapshots 185)

 
 
ぼく、レオニード。
今、竹くんと一緒に、ユリちゃんのところにいます。
 
ここは、カイトが暮らしていたお家で、
今は、カイトのお母さんのリリさんというひとと ユリちゃんが、
ふたりで住んでいるんだよ。
 
 
お家は、空と同じくらい高いところにあるんだけれど、
大きな窓の前にお庭があって、木があるんだよ。
濃いピンクの、ブーゲンビレアというお花がずっと咲いていて、きれいなの。
あと、カイトの好きなジャスミンも、もうすぐ咲くそうです。
 
 
シュンのお家とは、全然違っていてね、
大きなビルっていう建物の中にお家があって、
お隣も、そのお隣もみんな、大きなビルっていう建物ばかりなの。
地面が、見えないくらい すごく下にあるんだよ。
不思議でしょ。
 
 
でもね、空と雲は同じ。
それから、おひさまも同じ。
この空とシュンの家の空が、つながっているから」なんだって。
ユリちゃんが教えてくれたの。
 
 
 

 
 
 
 
みんなは、元気かな。
シュンと、カズキと、コンちゃんと、バブルは、
今、どうしているのかな。
 
 
みんなで、おいしいおやつを 食べているのかな・・・*
 
 
 
 

 
 
 
 
*『外の世界へ』はこちらです。
 
 
 
 
 

2017年 春 4 (P☆snapshots 184)

 
 
あの家で暮らし始めて、半年ほどが経った頃だろうか。
 
毛糸のベアたちが日課の昼寝をしている間、シュンのPCを開いていたオレは、
「ポラリス」のプログラム内に発生した異常に気が付いた。
それはセキュリティ上のバグで、緊急性は高くないものの、
いずれ『毛糸の家』の世界にも影響を及ぼし得ると推測されるものだった。
 
バグと関連するいくつかのコードを探し出して 徐々に書き換えていけば、
シュンに知らせずに片付けられそうだと感じたが、同時に、あることを思いついた。
それは、あの世界において、思考と感情がどれほどの力を持っているのかを、
自分の目で確認することだった。
 
 
シュンとレオニードの話の通りであれば、
‘感覚的’かつ効果的な修正方法の実行を『強く』願うことで、上手くいくはずだ。
念のためにプログラム内にいくつかの’目印’を設定しておき、
強い意志を持って、こう念じた。
 
- 異常が発生した時点まで遡り、そこからポラリスに移動して修正したい。
 
 
次の瞬間、オレはあの白いUSBの姿に変わっていて、
目の前には、オレの知らないシュンとカズキとレオニードがいた。
そしてオレは、レオニードに時々嫉妬される、シュンのパソコンの相棒ということになっていた。
 
 

カレはともだち』より
 
 
思考と感情は確かに、
世界の成り立ちを-過去さえも、作り変えてしまうほどの力を持っていたのだった。
 
 
 
そうしてオレは、適切な時期を待ってポラリスへ行き、
七色のひとの力を借り、レオニードの作った回路で
白い毛糸のテディベアになって’再び’『毛糸の家』に移動し、
‘目印’を辿りながら 徐々に記憶を取り戻して、
カズキから’事件’の話を聞いた頃には、ほぼ元の姿を取り戻した世界で、
元のように穏やかに暮らしていた。
まるで 超解像技術をコマ送りで実体験したような変遷だった。
 
力は、それきり封印した。
 
 
 

 
 
太陽のレオニード。
雲のコンテスト・ベア。
空と海のバブル・ベア。
シュンとカズキ。
 
彼らはみな、オレと同様に
繭の中のように柔らかく優しく包まれたあの世界を必要としていた
そして、再び元の世界に対峙することも 諦めてはいなかった。
 
ささやかな日々は やがて かけがえのないものになっていき、
いつしかオレは、彼らを愛し、守りたいと思うようになった。
 
そして、全てを知る自分の役割は、その’時’を知らせることだと理解したオレは、
あの夏の日に、封印した力を最後に再び使って『毛糸の家』を離れ、
この世界に帰ってきた。
 
 
 
 

 
カズキたちがおまつりで家を空けるときに、いつも預かっていた鍵。
わずかに残った’力’を使って探し出した、シュンとカズキの元の家には、
これを使って入ることができる。
 
手伝って開けてくれたサユもダイスケもヒロキもいない、
目の前に イチョウではなく竹林の広がる この家が
彼らのもともとの住まいであると気付いたのは、最近のことだ。
おそらくレオニードが2人のために、目印を竹の精とともに用意していたのだろう。
 
 
彼らには、まだ再会していない。
生活の痕跡はあるのだが、オレが滞在している間に戻ってきたことがないのだ。
 
 
 
次の仕事の呼び出しまでの間、馴染んだこの家で 彼らを待ちながら考えることがある。
なぜオレだけが、人間から姿を変えたのだろうか。
あるいは、住み込みベアの彼らも実はそうなのだろうか。
そして、オレの本当の姿を知ったら、シュンはどんな顔をするだろうか・・。
 
 
 

 
 
 
あの日、オレは、自分にできなかったことをしようとしている小さなシュンの
わずかでもいい、力になりたいと、
言葉にならない、胸を締め付けられるような気持ちで、強く思ったのだ。
それはまた、自分自身のための祈りでもあった。
 
 
 
明日なのか、半年後か。 10年後か、もっとずっと先か・・・。
 
 
時間はたっぷりある。
ゆっくり待とうと思う。
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 

2017年 春 3 (P☆snapshots 183)

 
 
父が亡くなったという知らせを聞いた半月後、
仕事で ある大学教授の研究について調べるために来ていた東京で
シュンに出会った
以来、その表情や、非表示の「お母さんを助けて。」の一文が、
ふとした瞬間に 繰り返し脳裏をよぎるようになった。
 
そして、その10日ほど後、
3月の終わりに再び訪れた東京の大学の構内で 咲き始めの桜を眺めていた遅い昼休み、
気付くと、オレは「毛糸の家」にいた。
 
どういうわけか、小さな白い毛糸のテディベアの姿で、
右手に糸のついた針を持った女性の左手に載せられ、彼女に凝視されていた。
それが、’最初の’移動だった。
 
 

小さな願い』より
 
 
 
状況を理解するのに やや時間を要したが、
小さなプログラマーのシュンが、コンピュータの中に作ったテディベアの星「ポラリス」の
管理者にしていたレオニードに コミュニケーションを学習させ、
そのレオニードと暮らす「毛糸の家」に、
母親のカズキとオレを連れて’移動’した、ということらしい。
 
驚いたが、以前、これも仕事で、物理学系のユニークなフォーラムを聴講した際、
人間の思考がその脳を超えて物理的な力を持ち得ることを証明する研究があると知って
興味深く感じていたオレには、面白くも感じられる現象だった。
 
-パラレルワールド。
おそらく、生命を脅かすほどの危機がシュンの力を引き出し、
強く共鳴した カズキとオレが引き込まれたのだろう。
急速に進化しているMR(拡張現実)の技術が、
やがて人々の時間や空間に対する認識を大きく変えていくことを考えれば、
未来人の感覚を少し先取りしたようなものであるともいえるのかもしれない。
オレは、全てを受け入れることにした。
 
「強く思うことが いちばん大事なんだ。」
シュンは、そう言って嬉しそうに笑った。
 
 
 
はじめのうちは、「ポラリス」から毎週のように毛糸のベアたちがやってきて、
無邪気な笑顔で、何が好きか、何が大切かと問いかけてくることに閉口したが、
慣れてくると、そう促されて自らの感覚に意識を向けることが、
相手の理解にも向かっていくことに気付いた。
 
また、日々の出来事について、シュンとカズキがそれぞれのことを延々と話した後で
「カイトはどう思う?」と毎回聞いてくることにも 煩わしさを感じたが、
こちらも慣れてくると、感想が自然に出てくるようになった。
他人の人生でも、長く接していれば親しく感じるのだと知った。
 
 
そんなある日、カズキから’事件’のことを聞き、
オレは、自分の感情のどの部分が、シュンに反応したのかを理解した。
 
「カイトはどう思う?」
いつも通り カズキは尋ねてきた。
「オレがシュンでも、同じことをした。」
強い確信を込めて オレは答えた。
 
 
 
 

 
 
桜を見ると、あの ささやかで平凡な、愛しい日々を思い出す。
シュンの、カズキの好きな桜が、今日も美しい・・。
 
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 

2017年 春 2 (P☆snapshots 182)

 
 
自分が立ち上げた会社を 未来に渡って支配し続けるために、
父は、血の繋がった従順な子供を必要とした。
 
そのため、オレに対する教育熱は凄まじく、
物心ついた頃には、英会話と基礎的な算数の学習を日課と定め、
7歳で、会社の優秀なエンジニアたちを家庭教師につけ、
12歳で、彼らに混じって実際的な開発作業をするよう命じたほどだった。
 
しかし、14歳でオレが警察に駆け込み、家を出たときには、
逡巡なくオレを切り捨てた。
 
 
結局のところ父の中には、その「未成熟な自尊心を守る」という柱
 - 脅かすものを排除し、万能感を確認し続けることへの、無自覚で強い執着
しか存在しなかったのだろう。
他者への共感はおろか、意識を向ける程度にさえも、心の発達が進まなかったのだ。
評価を得る目的から会話のスキルを身に付けても、真の理解には至れない。
だから、言動が極端で一貫性もないのだ。
 
その点で、並外れて優秀な頭脳を持って生まれてしまった父は、
心がないことを誰にも見抜かれなかった、不幸な人間といえるのかもしれない。
 
 
 

 
 
 
リリさんに引き取られた後も、オレは、学校へはほとんど行かず、
時々アルバイトで情報系企業の開発に加わる以外は、本ばかりを読んで過ごしていた。
 
そして20歳のとき、アルバイト先で偶然再会した 元家庭教師のエンジニアの紹介で、
あるシンクタンクに、プログラマーとして雇われることになった。
 
そこでの仕事の内容は、安全管理を試すためのハッキングから、
アクセス制御を突破して秘密裏に情報を得ることまで、世界的規模で多岐に渡っていたが、
いくつかの仕事をこなすうちに力を認められ、数年で依頼を選べる立場になると、
政府や企業などの いわゆる権力を手にした者たちの足をすくうような仕事に
好んで関わるようになった。
 
もちろん、対象のことはよく調べ、善良な人間と分かれば、断った。
自分なりの正義に基づき、罰するべき’心のない’人間のみを選んで攻撃すると 決めていた。
 
 
けれどリリさんは、オレのその生き方を認めなかった。
「攻撃された側の痛みを、あなたがなぜ理解しないの?」
あるとき、厳しい口調でそう非難してきた。
 
心のない人間に限定して打撃を与えることの どこが間違っているのか、
救われる人がいて、自分自身も傷を癒せることの 何を責められなくてはならないのかと、
オレは一歩も引かなかった。
 
激しい口論の末に、
彼女は 悲しげな顔で、二度と会うことはないだろうと言った。
オレも、それが互いにとっての最善だろうと応えた。
 
 
 
 

 
 
 
恐れや同情や、良き存在でありたいと願う心の動きを
オレたちは、たやすく「愛」と誤認する

 
けれど、そうして打ちのめされることで、目を覚ませるのであれば、
オレは、’理不尽’という名の希望の星を握って、
選びようもなく まがいものの愛の中に生み落とされたのだろう。
 
 
 
 
夜空のポラリス。 孤独を、痛みを知る者を繋ぐ星。
こぐま座のこの星を探し出して、シュンが名付けた奇跡。
 
今、この空に大切な者たちの幸せを祈っている自分は、幸せだと思う。
 
 
 
 
 
 
*『P☆Convention2016 – 5』はこちらです。
*これまでのお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。