2017年 春 2 (P☆snapshots 182)

 
 
自分が立ち上げた会社を 未来に渡って支配し続けるために、
父は、血の繋がった従順な子供を必要とした。
 
そのため、オレに対する教育熱は凄まじく、
物心ついた頃には、英会話と基礎的な算数の学習を日課と定め、
7歳で、会社の優秀なエンジニアたちを家庭教師につけ、
12歳で、彼らに混じって実際的な開発作業をするよう命じたほどだった。
 
しかし、14歳でオレが警察に駆け込み、家を出たときには、
逡巡なくオレを切り捨てた。
 
 
結局のところ父の中には、その「未成熟な自尊心を守る」という柱
 - 脅かすものを排除し、万能感を確認し続けることへの、無自覚で強い執着
しか存在しなかったのだろう。
他者への共感はおろか、意識を向ける程度にさえも、心の発達が進まなかったのだ。
評価を得る目的から会話のスキルを身に付けても、真の理解には至れない。
だから、言動が極端で一貫性もないのだ。
 
その点で、並外れて優秀な頭脳を持って生まれてしまった父は、
心がないことを誰にも見抜かれなかった、不幸な人間といえるのかもしれない。
 
 
 

 
 
 
リリさんに引き取られた後も、オレは、学校へはほとんど行かず、
時々アルバイトで情報系企業の開発に加わる以外は、本ばかりを読んで過ごしていた。
 
そして20歳のとき、アルバイト先で偶然再会した 元家庭教師のエンジニアの紹介で、
あるシンクタンクに、プログラマーとして雇われることになった。
 
そこでの仕事の内容は、安全管理を試すためのハッキングから、
アクセス制御を突破して秘密裏に情報を得ることまで、世界的規模で多岐に渡っていたが、
いくつかの仕事をこなすうちに力を認められ、数年で依頼を選べる立場になると、
政府や企業などの いわゆる権力を手にした者たちの足をすくうような仕事に
好んで関わるようになった。
 
もちろん、対象のことはよく調べ、善良な人間と分かれば、断った。
自分なりの正義に基づき、罰するべき’心のない’人間のみを選んで攻撃すると 決めていた。
 
 
けれどリリさんは、オレのその生き方を認めなかった。
「攻撃された側の痛みを、あなたがなぜ理解しないの?」
あるとき、厳しい口調でそう非難してきた。
 
心のない人間に限定して打撃を与えることの どこが間違っているのか、
救われる人がいて、自分自身も傷を癒せることの 何を責められなくてはならないのかと、
オレは一歩も引かなかった。
 
激しい口論の末に、
彼女は 悲しげな顔で、二度と会うことはないだろうと言った。
オレも、それが互いにとっての最善だろうと応えた。
 
 
 
 

 
 
 
恐れや同情や、良き存在でありたいと願う心の動きを
オレたちは、たやすく「愛」と誤認する

 
けれど、そうして打ちのめされることで、目を覚ませるのであれば、
オレは、’理不尽’という名の希望の星を握って、
選びようもなく まがいものの愛の中に生み落とされたのだろう。
 
 
 
 
夜空のポラリス。 孤独を、痛みを知る者を繋ぐ星。
こぐま座のこの星を探し出して、シュンが名付けた奇跡。
 
今、この空に大切な者たちの幸せを祈っている自分は、幸せだと思う。
 
 
 
 
 
 
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