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希望の緑 (P☆snapshots 186)

 
 
希望の色をした イチョウの若葉・・。
 
 

 
きれいだなぁ。
ぼくは、この緑を きちんと見たかったんだ・・・*
 
 
 
コンちゃんとバブルが 大切なことを話してくれて、嬉しかったな。
おかげで ずっと考えてきたことに、新しい気づきも もらった。
 
それは、だれもが、抱えきれないほどたくさんの愛情を持っていて、
「愛したい」といつも願っているのだ、ということ。
 
そして、どうやって「違和感」を受け入れ、向き合うかについても、
ひとによって納得が違うということ。
ずっと近くで暮らしてきたコンちゃんとバブルでさえ、
同じ世界を出来事を相手を、あんなにも違う視点で捉えていたなんて・・
本当に、意外だった。
 
自分の納得は? 自分の覚悟は・・?
「彼はこうだけれど、ぼくはどうだろう」ということを、
ぼくも、突き詰めて考えてみたいと思ったんだ。
 
 

 
 
 
それから、バブルが聞きたいと言っていた’役割’のことも 考えている。
とっても難しい問題だよね。
 
コンちゃんもバブルも、そして たぶんレオニードも、
役割が 苦しくなってしまったんだと思う。
 
ぼくは、コンちゃんのために作られたことについては、
意識したことがなかったけれど、
カズキのためにここに居よう、と思うのをやめるまでの間は苦しかったから、
少し、分かる気がするんだ。
 
だけど、
ポラリスを作ったシュンは、3人を好きだから作ったわけだし、
コンちゃんだって、カズキだって、ぼくのためを いつも考えてくれていた。
その思いの深さは、同じなんだよね。
 
 
じゃあ・・
背負うものの大きさによるのかな。
一度は手離したいと感じてしまうのかな。
 
まさかこっちも、
自分自身の納得と覚悟にかかってくるということ・・?
 
うわー ・・・
こっちのことは、突き詰めて考えるには ぼくには勇気が要りそうだなぁ。
 
 
 

 
 
 
そして もうひとつ、バブルが聞きたいと言っていた’これから’のこと。
「わからない。でも、大丈夫。」って、ぼくは答えようと思っている。
 
確かなことは、
誰かのためを思ってした結果に、取り返しのつかない失敗なんて、ないということ。
たぶん、コンちゃんもバブルも、一緒に気づいていた。
 
悲しくても、辛くても、必要なことがある。
痛みが教えてくれる 宝物がある。
だから ぼくたちは、愛することを 躊躇しなくていいんだ。
 
 
 
ぼくは、バブルと、みんなと、
‘大好き’という思いを希望にして、前に進んでいきたい。
 
 
 
 
 
***  ***  ***
 
 
 
終・『孤独』というもの
 

P☆snapshots 35』より
 
 
今は、’乗り越える’ものではなく、むしろ、
そばにいて知らせてくれるものだと思うことがある。
希望の道を。
 
 
 
カイトは、どう思う・・?
 
 
 
 
・『P☆snapshots 106』は、こちらです。
・『孤独というもの(P☆snapshots 157)』はこちらです。
 
 
 
 
 
 
 

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外の世界で 2 (P☆snapshots 187)    ≫≫

 
 
 
 
 

外の世界で 1 (P☆snapshots 185)

 
 
ぼく、レオニード。
今、竹くんと一緒に、ユリちゃんのところにいます。
 
ここは、カイトが暮らしていたお家で、
今は、カイトのお母さんのリリさんというひとと ユリちゃんが、
ふたりで住んでいるんだよ。
 
 
お家は、空と同じくらい高いところにあるんだけれど、
大きな窓の前にお庭があって、木があるんだよ。
濃いピンクの、ブーゲンビレアというお花がずっと咲いていて、きれいなの。
あと、カイトの好きなジャスミンも、もうすぐ咲くそうです。
 
 
シュンのお家とは、全然違っていてね、
大きなビルっていう建物の中にお家があって、
お隣も、そのお隣もみんな、大きなビルっていう建物ばかりなの。
地面が、見えないくらい すごく下にあるんだよ。
不思議でしょ。
 
 
でもね、空と雲は同じ。
それから、おひさまも同じ。
この空とシュンの家の空が、つながっているから」なんだって。
ユリちゃんが教えてくれたの。
 
 
 

 
 
 
 
みんなは、元気かな。
シュンと、カズキと、コンちゃんと、バブルは、
今、どうしているのかな。
 
 
みんなで、おいしいおやつを 食べているのかな・・・*
 
 
 
 

 
 
 
 
*『外の世界へ』はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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希望の緑 (P☆snapshots 186)    ≫≫

 
 
 
 
 

2017年 春 4 (P☆snapshots 184)

 
 
あの家で暮らし始めて、半年ほどが経った頃だろうか。
 
毛糸のベアたちが日課の昼寝をしている間、シュンのPCを開いていたオレは、
「ポラリス」のプログラム内に発生した異常に気が付いた。
それはセキュリティ上のバグで、緊急性は高くないものの、
いずれ『毛糸の家』の世界にも影響を及ぼし得ると推測されるものだった。
 
バグと関連するいくつかのコードを探し出して 徐々に書き換えていけば、
シュンに知らせずに片付けられそうだと感じたが、同時に、あることを思いついた。
それは、あの世界において、思考と感情がどれほどの力を持っているのかを、
自分の目で確認することだった。
 
 
シュンとレオニードの話の通りであれば、
‘感覚的’かつ効果的な修正方法の実行を『強く』願うことで、上手くいくはずだ。
念のためにプログラム内にいくつかの’目印’を設定しておき、
強い意志を持って、こう念じた。
 
- 異常が発生した時点まで遡り、そこからポラリスに移動して修正したい。
 
 
次の瞬間、オレはあの白いUSBの姿に変わっていて、
目の前には、オレの知らないシュンとカズキとレオニードがいた。
そしてオレは、レオニードに時々嫉妬される、シュンのパソコンの相棒ということになっていた。
 
 

カレはともだち』より
 
 
思考と感情は確かに、
世界の成り立ちを-過去さえも、作り変えてしまうほどの力を持っていたのだった。
 
 
 
そうしてオレは、適切な時期を待ってポラリスへ行き、
七色のひとの力を借り、レオニードの作った回路で
白い毛糸のテディベアになって’再び’『毛糸の家』に移動し、
‘目印’を辿りながら 徐々に記憶を取り戻して、
カズキから’事件’の話を聞いた頃には、ほぼ元の姿を取り戻した世界で、
元のように穏やかに暮らしていた。
まるで 超解像技術をコマ送りで実体験したような変遷だった。
 
力は、それきり封印した。
 
 
 

 
 
太陽のレオニード。
雲のコンテスト・ベア。
空と海のバブル・ベア。
シュンとカズキ。
 
彼らはみな、オレと同様に
繭の中のように柔らかく優しく包まれたあの世界を必要としていた
そして、再び元の世界に対峙することも 諦めてはいなかった。
 
ささやかな日々は やがて かけがえのないものになっていき、
いつしかオレは、彼らを愛し、守りたいと思うようになった。
 
そして、全てを知る自分の役割は、その’時’を知らせることだと理解したオレは、
あの夏の日に、封印した力を最後に再び使って『毛糸の家』を離れ、
この世界に帰ってきた。
 
 
 
 

 
カズキたちがおまつりで家を空けるときに、いつも預かっていた鍵。
わずかに残った’力’を使って探し出した、シュンとカズキの元の家には、
これを使って入ることができる。
 
手伝って開けてくれたサユもダイスケもヒロキもいない、
目の前に イチョウではなく竹林の広がる この家が
彼らのもともとの住まいであると気付いたのは、最近のことだ。
おそらくレオニードが2人のために、目印を竹の精とともに用意していたのだろう。
 
 
彼らには、まだ再会していない。
生活の痕跡はあるのだが、オレが滞在している間に戻ってきたことがないのだ。
 
 
 
次の仕事の呼び出しまでの間、馴染んだこの家で 彼らを待ちながら考えることがある。
なぜオレだけが、人間から姿を変えたのだろうか。
あるいは、住み込みベアの彼らも実はそうなのだろうか。
そして、オレの本当の姿を知ったら、シュンはどんな顔をするだろうか・・。
 
 
 

 
 
 
あの日、オレは、自分にできなかったことをしようとしている小さなシュンの
わずかでもいい、力になりたいと、
言葉にならない、胸を締め付けられるような気持ちで、強く思ったのだ。
それはまた、自分自身のための祈りでもあった。
 
 
 
明日なのか、半年後か。 10年後か、もっとずっと先か・・・。
 
 
時間はたっぷりある。
ゆっくり待とうと思う。
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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外の世界で 1 (P☆snapshots 185)    ≫≫

 
 
 
 
 

2017年 春 3 (P☆snapshots 183)

 
 
父が亡くなったという知らせを聞いた半月後、
仕事で ある大学教授の研究について調べるために来ていた東京で
シュンに出会った
以来、その表情や、非表示の「お母さんを助けて。」の一文が、
ふとした瞬間に 繰り返し脳裏をよぎるようになった。
 
そして、その10日ほど後、
3月の終わりに再び訪れた東京の大学の構内で 咲き始めの桜を眺めていた遅い昼休み、
気付くと、オレは「毛糸の家」にいた。
 
どういうわけか、小さな白い毛糸のテディベアの姿で、
右手に糸のついた針を持った女性の左手に載せられ、彼女に凝視されていた。
それが、’最初の’移動だった。
 
 

小さな願い』より
 
 
 
状況を理解するのに やや時間を要したが、
小さなプログラマーのシュンが、コンピュータの中に作ったテディベアの星「ポラリス」の
管理者にしていたレオニードに コミュニケーションを学習させ、
そのレオニードと暮らす「毛糸の家」に、
母親のカズキとオレを連れて’移動’した、ということらしい。
 
驚いたが、以前、これも仕事で、物理学系のユニークなフォーラムを聴講した際、
人間の思考がその脳を超えて物理的な力を持ち得ることを証明する研究があると知って
興味深く感じていたオレには、面白くも感じられる現象だった。
 
-パラレルワールド。
おそらく、生命を脅かすほどの危機がシュンの力を引き出し、
強く共鳴した カズキとオレが引き込まれたのだろう。
急速に進化しているMR(拡張現実)の技術が、
やがて人々の時間や空間に対する認識を大きく変えていくことを考えれば、
未来人の感覚を少し先取りしたようなものであるともいえるのかもしれない。
オレは、全てを受け入れることにした。
 
「強く思うことが いちばん大事なんだ。」
シュンは、そう言って嬉しそうに笑った。
 
 
 
はじめのうちは、「ポラリス」から毎週のように毛糸のベアたちがやってきて、
無邪気な笑顔で、何が好きか、何が大切かと問いかけてくることに閉口したが、
慣れてくると、そう促されて自らの感覚に意識を向けることが、
相手の理解にも向かっていくことに気付いた。
 
また、日々の出来事について、シュンとカズキがそれぞれのことを延々と話した後で
「カイトはどう思う?」と毎回聞いてくることにも 煩わしさを感じたが、
こちらも慣れてくると、感想が自然に出てくるようになった。
他人の人生でも、長く接していれば親しく感じるのだと知った。
 
 
そんなある日、カズキから’事件’のことを聞き、
オレは、自分の感情のどの部分が、シュンに反応したのかを理解した。
 
「カイトはどう思う?」
いつも通り カズキは尋ねてきた。
「オレがシュンでも、同じことをした。」
強い確信を込めて オレは答えた。
 
 
 
 

 
 
桜を見ると、あの ささやかで平凡な、愛しい日々を思い出す。
シュンの、カズキの好きな桜が、今日も美しい・・。
 
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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2017年 春 4 (P☆snapshots 184)    ≫≫

 
 
 
 
 

2017年 春 2 (P☆snapshots 182)

 
 
自分が立ち上げた会社を 未来に渡って支配し続けるために、
父は、血の繋がった従順な子供を必要とした。
 
そのため、オレに対する教育熱は凄まじく、
物心ついた頃には、英会話と基礎的な算数の学習を日課と定め、
7歳で、会社の優秀なエンジニアたちを家庭教師につけ、
12歳で、彼らに混じって実際的な開発作業をするよう命じたほどだった。
 
しかし、14歳でオレが警察に駆け込み、家を出たときには、
逡巡なくオレを切り捨てた。
 
 
結局のところ父の中には、その「未成熟な自尊心を守る」という柱
 - 脅かすものを排除し、万能感を確認し続けることへの、無自覚で強い執着
しか存在しなかったのだろう。
他者への共感はおろか、意識を向ける程度にさえも、心の発達が進まなかったのだ。
評価を得る目的から会話のスキルを身に付けても、真の理解には至れない。
だから、言動が極端で一貫性もないのだ。
 
その点で、並外れて優秀な頭脳を持って生まれてしまった父は、
心がないことを誰にも見抜かれなかった、不幸な人間といえるのかもしれない。
 
 
 

 
 
 
リリさんに引き取られた後も、オレは、学校へはほとんど行かず、
時々アルバイトで情報系企業の開発に加わる以外は、本ばかりを読んで過ごしていた。
 
そして20歳のとき、アルバイト先で偶然再会した 元家庭教師のエンジニアの紹介で、
あるシンクタンクに、プログラマーとして雇われることになった。
 
そこでの仕事の内容は、安全管理を試すためのハッキングから、
アクセス制御を突破して秘密裏に情報を得ることまで、世界的規模で多岐に渡っていたが、
いくつかの仕事をこなすうちに力を認められ、数年で依頼を選べる立場になると、
政府や企業などの いわゆる権力を手にした者たちの足をすくうような仕事に
好んで関わるようになった。
 
もちろん、対象のことはよく調べ、善良な人間と分かれば、断った。
自分なりの正義に基づき、罰するべき’心のない’人間のみを選んで攻撃すると 決めていた。
 
 
けれどリリさんは、オレのその生き方を認めなかった。
「攻撃された側の痛みを、あなたがなぜ理解しないの?」
あるとき、厳しい口調でそう非難してきた。
 
心のない人間に限定して打撃を与えることの どこが間違っているのか、
救われる人がいて、自分自身も傷を癒せることの 何を責められなくてはならないのかと、
オレは一歩も引かなかった。
 
激しい口論の末に、
彼女は 悲しげな顔で、二度と会うことはないだろうと言った。
オレも、それが互いにとっての最善だろうと応えた。
 
 
 
 

 
 
 
恐れや同情や、良き存在でありたいと願う心の動きを
オレたちは、たやすく「愛」と誤認する

 
けれど、そうして打ちのめされることで、目を覚ませるのであれば、
オレは、’理不尽’という名の希望の星を握って、
選びようもなく まがいものの愛の中に生み落とされたのだろう。
 
 
 
 
夜空のポラリス。 孤独を、痛みを知る者を繋ぐ星。
こぐま座のこの星を探し出して、シュンが名付けた奇跡。
 
今、この空に大切な者たちの幸せを祈っている自分は、幸せだと思う。
 
 
 
 
 
 
*『P☆Convention2016 – 5』はこちらです。
*これまでのお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 
 

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2017年 春 3 (P☆snapshots 183)    ≫≫

 
 
 
 
 

2017年 春 1 (P☆snapshots 181)

 
 
- ここでの生活も、そろそろ3ヶ月になる。
 
 

 「ミーティングの招集だ、カイト。」
 「・・了解。」

 
 
 
夜通しの作業に、早朝のミーティング。
開発者の生活パターンは、どこも変わらないものらしい。
 
 
 
 

  ・・・!

 
 
 
 
咲いたのか・・。
 

 
 
 
 
- オレは、成功者の父と若く美しい母のもとに、暴力で支配された裕福な家庭に、生まれた。
 
並外れて優秀な頭脳を持ち、一代で情報系の企業を立ち上げ、大きくした父は、
自分の内に沸き上がるマイナスの感情に対峙する能力に欠けていて、
母をその激しい感情のはけ口にすることで、対外的な理性を保っているような人間だった。
 
そんな父の機嫌を常に伺い、ささいなきっかけで起こる暴力に備え続けていた母は、
見た目の美しさとはうらはらに、いつも消耗していた。
 
父にとって、理由は何でも良かった。
そしてその理由が以前とは逆のものであっても、構わなかった。
母を精神的にも肉体的にも痛めつけ、支配している実感が得られれば良かったのだから。
それは例えば、差し出された飲み物が熱かろうと冷たかろうと、
空調が効いていようがいまいが、違いはないということだ。
父は、全てを理由にできた。
おそらく、その幼児的な万能感を満たすことこそが本当の目的だったのだろう。
しかも、父はその全てにおいて、無自覚だった。
 
母は、「あなたのために耐えている」のだと オレに言い続けた。
そしてオレは、そんな母をどうすれば守れるのかと そればかりを考える、
従順で気の弱い子供だった。
 
 
 
14歳になって、ようやく父の背丈を越えたオレは、
父から逃れ、母と二人で新しい生活を始めることを決意し、
長い間密かに貯めてきた父の暴力の証拠を持って、警察に駆け込んだ。
 
しかし、学校のスクールカウンセラーに連れられてやってきた母は、
普段通りの外向けに整えられた美しい笑顔で、示された証拠を全て、否定した。
思春期の子供の思い込みであり、夫婦関係に問題はありません、と。
そして帰宅後に、家庭を壊す気かと 激しくオレを責めた。
 
 
母は、オレのために耐えていたのではなかった。
「子供のために耐えている」と思うことで暴力的な支配を受け入れ、
この生活を続けていくことを望んでいたのだった。
 
子に夫婦間の暴力を見せることは虐待行為であると、図書室で調べて知っていたオレは、
翌朝、普段通りに登校した後、スクールカウンセラーを通じて行政に保護を願い出た。
そしてそのまま、家も学校も離れることになった。
 
 
 

 
 
数年前、父が海外の支社の視察中に倒れて そのまま亡くなったらしく、
母から、一度会いたいと、会社の弁護士を通じて連絡があったのだが、
オレに詫びるためでなければ会う気はないと返事をした。
母からの 再度の連絡はなかった。
 
 
父に支配されてきた母にとっては、オレを支配することが自然なのだろう。
痛めつけられる姿を見せ、「あなたのために」と言い続けることで、
罪悪感を植え付け、抗えなくする・・。
 
怒りに支配され、振り回されて、心を知らないまま死んだ父と、
そんな父に支配され、振り回されて、心をなくしたままの母。
病は、連鎖する。
 
オレもまた、
何も聞かずに親から離し、施設に馴染むまで見守ってくれたスクールカウンセラーにも、
不慮の事故で亡くした我が子の分も愛情をかけてくれたリリさんにも、
信じる気持ちを持てなかった。
それどころか、虐げられた存在であると主張することによって、
深く関わろうとしてくれた彼らを 支配しようとしたのかもしれない。
 
 
 
 
- 去年までは、シュンの肩の上から見ていた桜。
あの家にも、もう 咲いているのだろうか・・。
 
 
 
 
 
 
*『2013年 春』は、こちらです。
*前回のお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 
 

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2017年 春 2 (P☆snapshots 182)    ≫≫

 
 
 
 
 

光る風 3 (P☆snapshots 180)

 
 
この毛糸の家の世界ができて、ポラリスを飛び出してから、
そろそろ 4年が経つんだね・・。
ぼくにとっては、本当に長くて苦しい、不安定な時間だった。
 
・・といっても、まだまだ全然安定していないことは、
ぼくのこの話自体が コンちゃんに比べて全然まとまっていないとこからも、
バレちゃってると思うんだけどさ。
 
しかし、ポラリスにいた頃のぼくだったら こんなこと、
こんな・・弱音を吐くような話なんて、絶対にしなかった。
さんざん揺さぶられたおかげで、変わってきたのかもしれないなぁ・・。
 
 

 
 
 
あのね、
レオは、珈琲が飲めるようになりたいって チャレンジを続けているよね。
 
実は1回目のことを聞いたとき、ぼくは、
みんなが大真面目にレオを応援していることが信じられなかった。
確かに、レオには少しエキセントリックなところがあって、
ここではさらに暴走気味だったけど、
なぜカイトが焚き付け、みんなが煽るのだろうと、疑問しか湧かなかった。
 
だけど、2年経って レオが再びチャレンジすると言ったとき
ぼくはそこで初めて、彼が無意識のうちに
記憶をふさぐ痛みに向き合っていることに、気がついた。
 
シュンの学校や友だちのこと、ベアたちそれぞれのポラリスでのこと、
みんなの話を、さまざまな思いを聞いているうちに
なにげないような日常を重ねていく意味を知ったからだと思う。
 
レオは、投げ出したわけじゃなくて、
自分のことも、世界のことも、心にすっと落ちる本当の理解を求めたのだと、
そのとき初めてぼくは、ひとの心が見えたような気がした。
 
 

 
あの日、ぼくも、はじけて粉々になりながら、この世界に落ちてきたのかもしれない。
そして、みんなと暮らしてきた日々は、そこから必要なかけらを探して
拾い集めるようなものだったのかもしれない・・。
 
 
 
聞いてくれてありがとう。
考えてみたら、ぼくは今まで、自分の気持ちを語ろうと思ったことなんてなかった。
まとまっていなくても、重苦しいものでも、外に出すと心が軽くなるんだね。
おかげですっきりしたよ。
 
まだ他に、’役割’のこととか、これからのこととか
みんなに話して、聞いてみたい気がする。
 
いろいろ話そう。よろしくね。
 
 

うん・・*
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
*次回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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光る風 2 (P☆snapshots 179)

 
 

「子供の’ふり’だったのか・・。
レオニードと同じ状況なんだと、ずっと思っていたよ。
それに、何かを変えてしまいそうで 聞けなかった・・。」
 
 
 

「聞けなかったよね、お互い。」
 
 
 
 
- 柔らかな光・・。 今日は、春の風が来ているんだね。
 

 
 
ぼくは、ポラリスで、コンちゃんの次に生まれたらしいんだけど、
正確なことは よくは知らない。
気づいたときにはもう、レオもコンちゃんもユリちゃんもいたと思うし、
ポラリスは「星」だったし、
プログラマーとして、空と海で星を包みながら世界を整える仕組み作りに
取り組んでいたから。
 
ぼくの頭の中には、常に’コード’があった。
仕組みを作ってからは、それを書き換えることで環境の調和を保っていた。
 
 
太陽のレオ、月のユリちゃん、雲のコンちゃん、空と海のぼく。
レオを中心とした星、ポラリスを育てるプログラムの中で、
ぼくたちの役割は、生まれたときから決まっていた。
 
レオが思いを形にする。
コンちゃんが、そのおさまり具合とか、足りない部分、過剰な部分なんかを
空だけでなく地上から、川を流れながら、いろんな角度から観察する。
ユリちゃんが、レオが現しきれなかった部分を探し、光の届かない時間帯の様子を観察する。
それらをもとに、ぼくがバランスを見ながらコードを書き換える。
そうやって、ベアたちにとって快適な環境を作り、保ち、星を育ててきたんだ。
 
 
 
コードを書くのは、環境の調整をするのは、ぼくの役割。
だから、ポラリスの空に黒いガスが発生したのは、ぼくが処置してこなかったせいなんだ。
 
推測だけど カイトは、一時的に太陽と月の関与を切ってポラリスの光の量を一定にし、
代わりに、星の成長を止めたんじゃないかな。
せめて ここからでも、ぼくが実行したかった・・。
 
 
 
 

 
 
ぼくにとって『世界』とは、
開始の瞬間から、定められた結末に向かって自動生成を重ねていく壮大なプログラムだ。
 
あらゆる異変、つまり’バグ’は、結末を受け入れるためのカタルシスなんだけど、
多すぎるとプログラム自体が破綻してしまうから、
ぼくみたいに役割を引き当ててしまったやつが、適度にメンテナンスもしているのだと思っている。
まぁ、メンテといってもゲームのようなもので、
バグ(=虫)を見つけ出して取り除くコードを組み込んでいくわけだから、
それなりに楽しいんだけどね。
 
調整役をしていて 嬉しいのは、上手く書けて 期待に沿える結果を実現したときと、
その結果-例えば美しい空-に、みんなが感動しているのを見たとき。
 
正直言って、みんなが「楽しい」とか「きれい」とか「悲しい」とか言い合う理由は
理解できなかったけど、
そんなふうに心に響く風景を どこまでも柔軟に実現するポラリスにすることは、
きっとレオやみんなにとって良いことなんだろう、と思っていて、
頑張ってきたつもりだった。
 
 
なのに、レオは去って行った。
 

 
 
しかも、ぼくとしたことが 反射的に彼を追いかけていて、
『’感情’と’共感’が物理的な力を持つ』ことでしか成立を証明できないような、
理解不能な構造の世界に入り込み、
要らない力は温存されているのに肝心なコードが書けない 小さな体に押し込まれ、
自分が引き起こしたバグでおかしくなりかけているポラリスには
どうやっても帰れなくて・・・
 
頭がおかしくなりそうだった。
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
***  ***  ***
 
 
今日はシュンと東日本大震災の報道特集番組を観ました。
ずっと、いつも忘れません。
被害にあわれたみなさまに、笑顔になる時間がたくさんありますように、
お祈りいたします。
 
 
 
 
 
 

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光る風 3 (P☆snapshots 180)    ≫≫

 
 
 
 
 

光る風 1 (P☆snapshots 178)

 
 
知らなかったよ・・。
 
ぼくは、コンちゃんも、レオと同じように記憶を失くしていて、
自分だけが、力も含めて残されてしまったんだと思っていた。
 

 
 
そしてその原因は、ここを作ってレオを誘い出した ぼくたち以外の誰か、
カズキかカイトかシュンの行動にあると考えて、探っていたんだ。
 
原因がわかれば、目指す結末もある程度予想がついて、
この世界にあらかじめ定められたプログラムを読み取れるはずだから、
そこから、ぼくにできることを見つけて、
レオとコンちゃんを助けて帰るつもりだった。
 
それに、ユリちゃんや竹くんや、ポラリスのみんなに迷惑をかけてしまった分、
ぼくが入り込むことで生じさせてしまったバグを、自分の手で改善したかった。
 
だけど、ここでのぼくは 信じられないくらい小さくて、
思うように動くことができないんだ。
瞬間移動力はあっても、前みたいに全方位に広がって見渡すことができなくて、
視界が常に狭い。
その上、ポラリスなら、頭の中でコードを書き換えられたのに、
ここではいちいち巨大なパソコンが必要で、
カズキかシュンに助けてもらわないと、触ることさえできない。
 
しかも、苦労して分かったのは、
この世界は、シュンの未修得の技術で書かれたコードと
理解不能のプラスアルファで出来ていて、
壁が強固で融通が利かなかったり、時間軸の縛りが極端に緩かったり 混沌としていて、
ぼくの手には負えそうもない、ってことだった。
 
それなのに、まるでぼくを罰するみたいに、
同じくらい小さいカイトが、ポラリスの問題をあっさり解決しちゃうんだからさ・・。
 
 
 

 
 
でもね。
正直にいうとぼくは、ポラリスを出られて、ちょっとほっとしたんだ。
 
コンちゃんは、思ったことはない・・?
望んで空や海や雲を引き受けたわけじゃないのに、
生まれたときには、役割が決まっていたなんて、理不尽すぎやしないかって。
 
やりがいは、あったよ。
でも、みんなにとっての「当たり前」を守るために必死でがんばったって、
「当たり前」の大切さに いちいち感謝するひとなんていやしない、
虚しくなるときは多かった。
ベアたちのように生きたいと思うことは、何度もあった。
 
だからこの家で、小さくて無力な姿と引き換えに、
「享受する側」に回れたことは嬉しかった。
幼い見た目のまま、何も知らないフリで振る舞ったら、
どんどん優しく甘やかしてもらえるようになったんだ。
なんて気楽で心地良いんだろうと思った。
 
 
いつしか ぼくは、ちぐはぐになっていった。
大人のままの子供みたいに、心もちぐはぐになっていった。
 
混沌に踏み込み、かつてのぼくがしていたように整然とさせて
ポラリスに帰りたいという思いと、
このまま何も考えずにここを更に閉ざして全て忘れてしまいたいという思い。
相反する2つのことが、調和することなく同時に存在するなんて、
ぼくには 考えられないことだった。
 
 
自分が自分でなくなったような気がした。
 
 
 
 
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桜を待つ日々 4 (P☆snapshots 177)

 
 
カイトさんは、何も言わなかった。
ぼくは、何も聞けなかった。
 
レオニードは、全てを忘れたままだった。
 

(『P☆snapshots 29』より)
 
 
 
ぼくは、自分が情けなくてたまらなかった。
 
ユリちゃんは、どうしているだろう、
ぼくらがいっぺんにいなくなってしまって、どんなに大変な思いをしているだろう、
友情を裏切られて、深く傷ついているんじゃないだろうか。
 
レオニードの変化を、どうして気づけなかったのだろう。
ぼくとユリちゃんに「さびしいでしょ?」と言って
ルーポと竹くんを生み出してくれたのは、
彼が、『与える』という役割に縛られて身動きが取れなくなっていたからだ。
そうすることでしか自分の淋しさと孤独を癒せない 危機のサインに、
なぜ、思いが及ばなかったのだろう。
 
考えれば考えるほど、取り返しがつかないことを 思い知らされるばかりだった。
 
 
 

(『カイトとユリちゃん2』より)
 
翌年の2014年の桜のあとに ユリちゃんがやってきて、
彼女の話から、ぼくがポラリスに起こした異変と、
それをカイトさんが解決してくれたこと
を知ったのだけれど、
笑顔で「大丈夫よ。」と言ってくれた彼女に対しても、
許してくれていると分かっても、申し訳ない気持ちがより募るばかりで、
お別れの言葉をきちんと伝えることさえ、できなかった。
 
ふわふわと、漂うように生きていただけのぼくは、
丸ごとのみんなを受け入れているつもりで、ただ通過させていただけだ。
そう思った。
 
 
 
そんなぼくに寄り添ってくれたのが、カエルくんだった。
 

(『コンちゃん』より)
 
彼が初めてここへ来たのは、2013年の雨の季節
ここでは力を使わないようにしているけれど、ポラリスで雨を降らせる役割だったぼくは、
雨を連れて長年ひとり旅をしている彼に、同じ仲間と映ったのかもしれない。
塞いでいるぼくのために 何度も雨を呼んでは、美しく洗われた緑を見せてくれた。
 
そして、そのときの約束の通りに、次の年の雨の季節にもやってきた彼は、
秋になって、今度は毛糸のテディベアとして戻ってきてくれた。
その夏のおまつりの前 ここを去って そのままリリさんのところへ行き、
ユリちゃんの到着を待って、協力を頼んでくれたんだ。
またユリちゃんも、力は既に失っているけれど、秋の皆既月蝕のあとならば
方法が探せるかもしれないと 請け合ってくれたそうだ。
本当に嬉しかった。
 
 
 

(『P☆snapshots 105』より)
 
彼はまた、ぼくにとっての『宝物』は何かと いつも尋ねてきた。
 
ぼくは最初、できるだけふさわしい答えを探して示そうと、
-レオニードのときのように、彼のサインだとしたら絶対に見逃したくないと思ったから、
必死だったのだけれど、
不思議なことに、問いはやがて ぼくの内側へと向かっていった。
 
そして、ぼくにとっての『宝物』とは
みんなであり、みんなと過ごす時間の全てであり、
足りないけれど、自分なりに、精一杯大切にしてきたのだと、
ある日、光が射すように気がついたんだ。
 
レオニードのように生み出す力も、バブルのようにコントロールする力も持っていない、
ただ ふわふわと漂うばかりのぼくは、いつも自分に自信が持てなくて、
だから自分を信じることができなくて、みんなを信じることもできなかった。
でも、丸ごとのみんなが大切だという思いだけは、ぼくは、揺るがずにずっと持っていた。
 
もう、申し訳ない気持ちで縮こまってばかりいるのは やめようと思った。
 
 
 
2015年夏のおまつりの前
カエルくんからここを発つことを 聞いたカイトさんが、ぼくにこう言った。
 

 
 

 「ガラスのあいつも、
  『気づいたら香港にいた』そうだ。
  つまるところ、オレたちはみな
  ’同類’なのだな・・。」

 
 
「ありがとう。」
ぼくは今度こそ、感謝の気持ちを伝えることができた。
 
 
 
去年また、ガラスの姿に戻ったカエルくんが来てくれたことで、
‘そばにいる’ことの意味を、別の角度から考え始めている。
そして今、レオニードの覚醒が始まり、再びルーポが来てくれて、
みんなと語れるようになって、
ここからまた、新しい気づきと学びを得ていくことができる。
ぼくは幸せだ。
 
 
こんな形で入り込んでしまって、迷惑をかけて、ごめんなさい。
 
取り返しのつかない、大きな失敗をしてしまったぼくだけれど、
大切なみんなが、ずっと笑っていられるように、
これからは自分から、できることを探して行動したいと思っている。
一歩ずつだけれど、がんばっていくよ。
 
 
ぼくのそばにいてくれて、ありがとう。
 
 

 
 
 
 
 
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