2017年 春 4 (P☆snapshots 184)

 
 
あの家で暮らし始めて、半年ほどが経った頃だろうか。
 
毛糸のベアたちが日課の昼寝をしている間、シュンのPCを開いていたオレは、
「ポラリス」のプログラム内に発生した異常に気が付いた。
それはセキュリティ上のバグで、緊急性は高くないものの、
いずれ『毛糸の家』の世界にも影響を及ぼし得ると推測されるものだった。
 
バグと関連するいくつかのコードを探し出して 徐々に書き換えていけば、
シュンに知らせずに片付けられそうだと感じたが、同時に、あることを思いついた。
それは、あの世界において、思考と感情がどれほどの力を持っているのかを、
自分の目で確認することだった。
 
 
シュンとレオニードの話の通りであれば、
‘感覚的’かつ効果的な修正方法の実行を『強く』願うことで、上手くいくはずだ。
念のためにプログラム内にいくつかの’目印’を設定しておき、
強い意志を持って、こう念じた。
 
- 異常が発生した時点まで遡り、そこからポラリスに移動して修正したい。
 
 
次の瞬間、オレはあの白いUSBの姿に変わっていて、
目の前には、オレの知らないシュンとカズキとレオニードがいた。
そしてオレは、レオニードに時々嫉妬される、シュンのパソコンの相棒ということになっていた。
 
 

カレはともだち』より
 
 
思考と感情は確かに、
世界の成り立ちを-過去さえも、作り変えてしまうほどの力を持っていたのだった。
 
 
 
そうしてオレは、適切な時期を待ってポラリスへ行き、
七色のひとの力を借り、レオニードの作った回路で
白い毛糸のテディベアになって’再び’『毛糸の家』に移動し、
‘目印’を辿りながら 徐々に記憶を取り戻して、
カズキから’事件’の話を聞いた頃には、ほぼ元の姿を取り戻した世界で、
元のように穏やかに暮らしていた。
まるで 超解像技術をコマ送りで実体験したような変遷だった。
 
力は、それきり封印した。
 
 
 

 
 
太陽のレオニード。
雲のコンテスト・ベア。
空と海のバブル・ベア。
シュンとカズキ。
 
彼らはみな、オレと同様に
繭の中のように柔らかく優しく包まれたあの世界を必要としていた
そして、再び元の世界に対峙することも 諦めてはいなかった。
 
ささやかな日々は やがて かけがえのないものになっていき、
いつしかオレは、彼らを愛し、守りたいと思うようになった。
 
そして、全てを知る自分の役割は、その’時’を知らせることだと理解したオレは、
あの夏の日に、封印した力を最後に再び使って『毛糸の家』を離れ、
この世界に帰ってきた。
 
 
 
 

 
カズキたちがおまつりで家を空けるときに、いつも預かっていた鍵。
わずかに残った’力’を使って探し出した、シュンとカズキの元の家には、
これを使って入ることができる。
 
手伝って開けてくれたサユもダイスケもヒロキもいない、
目の前に イチョウではなく竹林の広がる この家が
彼らのもともとの住まいであると気付いたのは、最近のことだ。
おそらくレオニードが2人のために、目印を竹の精とともに用意していたのだろう。
 
 
彼らには、まだ再会していない。
生活の痕跡はあるのだが、オレが滞在している間に戻ってきたことがないのだ。
 
 
 
次の仕事の呼び出しまでの間、馴染んだこの家で 彼らを待ちながら考えることがある。
なぜオレだけが、人間から姿を変えたのだろうか。
あるいは、住み込みベアの彼らも実はそうなのだろうか。
そして、オレの本当の姿を知ったら、シュンはどんな顔をするだろうか・・。
 
 
 

 
 
 
あの日、オレは、自分にできなかったことをしようとしている小さなシュンの
わずかでもいい、力になりたいと、
言葉にならない、胸を締め付けられるような気持ちで、強く思ったのだ。
それはまた、自分自身のための祈りでもあった。
 
 
 
明日なのか、半年後か。 10年後か、もっとずっと先か・・・。
 
 
時間はたっぷりある。
ゆっくり待とうと思う。
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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