2017年 春 3 (P☆snapshots 183)

 
 
父が亡くなったという知らせを聞いた半月後、
仕事で ある大学教授の研究について調べるために来ていた東京で
シュンに出会った
以来、その表情や、非表示の「お母さんを助けて。」の一文が、
ふとした瞬間に 繰り返し脳裏をよぎるようになった。
 
そして、その10日ほど後、
3月の終わりに再び訪れた東京の大学の構内で 咲き始めの桜を眺めていた遅い昼休み、
気付くと、オレは「毛糸の家」にいた。
 
どういうわけか、小さな白い毛糸のテディベアの姿で、
右手に糸のついた針を持った女性の左手に載せられ、彼女に凝視されていた。
それが、’最初の’移動だった。
 
 

小さな願い』より
 
 
 
状況を理解するのに やや時間を要したが、
小さなプログラマーのシュンが、コンピュータの中に作ったテディベアの星「ポラリス」の
管理者にしていたレオニードに コミュニケーションを学習させ、
そのレオニードと暮らす「毛糸の家」に、
母親のカズキとオレを連れて’移動’した、ということらしい。
 
驚いたが、以前、これも仕事で、物理学系のユニークなフォーラムを聴講した際、
人間の思考がその脳を超えて物理的な力を持ち得ることを証明する研究があると知って
興味深く感じていたオレには、面白くも感じられる現象だった。
 
-パラレルワールド。
おそらく、生命を脅かすほどの危機がシュンの力を引き出し、
強く共鳴した カズキとオレが引き込まれたのだろう。
急速に進化しているMR(拡張現実)の技術が、
やがて人々の時間や空間に対する認識を大きく変えていくことを考えれば、
未来人の感覚を少し先取りしたようなものであるともいえるのかもしれない。
オレは、全てを受け入れることにした。
 
「強く思うことが いちばん大事なんだ。」
シュンは、そう言って嬉しそうに笑った。
 
 
 
はじめのうちは、「ポラリス」から毎週のように毛糸のベアたちがやってきて、
無邪気な笑顔で、何が好きか、何が大切かと問いかけてくることに閉口したが、
慣れてくると、そう促されて自らの感覚に意識を向けることが、
相手の理解にも向かっていくことに気付いた。
 
また、日々の出来事について、シュンとカズキがそれぞれのことを延々と話した後で
「カイトはどう思う?」と毎回聞いてくることにも 煩わしさを感じたが、
こちらも慣れてくると、感想が自然に出てくるようになった。
他人の人生でも、長く接していれば親しく感じるのだと知った。
 
 
そんなある日、カズキから’事件’のことを聞き、
オレは、自分の感情のどの部分が、シュンに反応したのかを理解した。
 
「カイトはどう思う?」
いつも通り カズキは尋ねてきた。
「オレがシュンでも、同じことをした。」
強い確信を込めて オレは答えた。
 
 
 
 

 
 
桜を見ると、あの ささやかで平凡な、愛しい日々を思い出す。
シュンの、カズキの好きな桜が、今日も美しい・・。
 
 
 
 
 
 
*前回のお話はこちらです。
 
 
 
 
 
 

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